2008/03/10
≫ [雑感]できる人とできない人の違いってほんの小さいところにあるんじゃないかな
前回僕は少しでも自分の文章を気持ちよく読んでもらおうと思って文体を変えてみることにしました。この方針転換は外から見ればほんの小さなことですが、それでも良い方に転がると思ってます。もちろん、そうすることによって僕は相応の負担を支払わなければならないのですが、逆に言ってしまえば、その負担で良くすることができるわけです。そう考えると、実のところ問題の大半は少しの手間で良くなるとわかっているのに、その手間がかけられなくて生じているのかもしれません。世の中にはおそろしく良くできる人がいますが、そういう人ってこういう小さい手間を手間と思わずうまい具合にカバーしてるんですよね。逆にできない人はわずかな労力を惜しんで「そこまでして○○したいとは思わないし」と言い訳しながら機会を逃してしまったり。
僕がこの日記を始めた理由は「作業メモをHDDの肥しにするのはもったいない。少しの手間で公開できるんだから、その手間くらいは惜しまないようにしよう。」と思ったからです。そういう意味では僕は得た知識を独り占めしている人と比べれば多少はデキているのかもしれません。でも、せっかく公開した情報も人目につかなければ出さないのと変わりないことになりますし、せっかく読んでもらってもわかってもらえなければ却って悪い結果になってしまうことになります。そういう意味ではできる人には、まだまだ程遠いですね。「わかる人だけわかればいい」「欲しい人は勝手に持っていって自分でなんとかしろ」という考えから脱却できたとき、はじめてできる人になれるんでしょう、きっと。
同様に、ホッテントリの常連になるのはそんなに難しいことじゃないような気もします。もちろん自分の心に嘘をついてまでホッテントリ入りを目指すのはバカバカしいことですが、そういうことをしなくても周到に調査と準備をすれば手ごたえを掴める機会はいくらかあるんだと思います。これについても僕はブロガーと呼ばれるよりはプログラマーでいたいからなんてもっともらしい言い訳をして逃げています。そんなのただの言い訳で、何かの間違いでそっちの方で有名になっちゃってコードを書くよりずっと簡単にお金になるようなら、プログラミングなんてそっちのけになっちゃうに決まってます。僕の意思の強さなんて、きっとその程度しかありません。
結局のところ、できる人とできない人で差がつくのは技術的な面ではなく、貪欲さなどの心の力で出るのかなと思います。まぁ、そういうところも含めて実力だと言われればそれまでなんですが。
#ちょっと蛇足になりますが、じゃあ、できる人を育てるにはどうすればいいんでしょうね。この通りなら心を鍛えなければいけないということになりますが。技術面は勉強で鍛えられるのですけれどね。こんなこと考えてるあたり、僕はやはりゆとり教育推進派のようですね。ゆとり教育は子供にばかりゆとりがあって大人にゆとりがなかったのが敗因で、方向性としては間違ってないんだと今でも思いますよ。
